インフレとは?お金の価値が下がる理由を歴史の失敗「ディベースメント」から超わかりやすく解説

インフレとは?お金の価値が下がる理由を歴史の失敗「ディベースメント」から超わかりやすく解説

ここは宇宙のどこかにある、何もかもがふわっふわな惑星、その名も「ふわふわ星」。 この星では、王様もお城も、雲でさえも、みんなが触りたくなるような、極上のふわふわでできています。

そして、この星の通貨は、ぴょんぴょん跳ねる住民たちの大好物、「ニンジン」です。

今日のふわふわ星も、いつもと変わらない平和な一日が始まるはずでした。 少なくとも、この星のプリンセス、ちろ姫が大好きなおやつを買いに行くまでは…。

プリンセスの涙と「2ニンジン」のりんご飴

ちろ姫 「てち王にいちゃま〜〜〜!!! うわ〜〜〜ん!!!」

(ぴょんぴょん、ぴょんぴょん!)

お城中に響き渡るような大きな泣き声とともに、一人のうさぎのプリンセスが、長い耳をしょんぼりと垂らしながら走ってきました。彼女の名前はちろ姫。元気いっぱいですが、まだ生まれたばかりで世の中のことは何も知らない、ふわふわ星の未来の王女です。その茶色い体のうち、右手だけが自慢の真っ白な毛で覆われています。

てち王 「おお、ちろ姫か。どうしたのだ、そんなに慌てて。自慢の右手が涙でぐっしょり濡れているではないか。はしたないぞ」

玉座で優雅にイチゴを口に運びながら、ちろ姫を迎えたのは、彼女の兄であり、このふわふわ星を治める「てち王」。その体は雪のように白く、ところどころに柔らかな茶色が混じっています。ふわふわ星の誰よりもフワフワな王様は、経済や金融のこととなると、宇宙のどの専門家よりも詳しい知識を持っています。

ちろ姫 「にいちゃま…、ひっく…。あたちが、あたちが大事に貯めてた1ニンジンで…、りんご飴が…、りんご飴が買えなかったの…!」

てち王 「ほう?りんご飴が買えなかった?お前がいつも行く、わたあめ雲の角にあるお店か?あそこの店主は、お前のことを孫のように可愛がっていたはずだが」

ちろ姫 「そうなの!昨日までは、ピカピカの1ニンジンで、あま〜いりんご飴が買えたのに…。なのに今日行ったら、『お姫様、ごめんねぇ。今日からりんご飴は2ニンジンなんだよ』って…。あたち、1ニンジンしか持ってなかったから、買えなかった…うぅ…」

ぽろぽろと大粒の涙をこぼす妹を見て、てち王は優しくため息をつきました。 これはただの値上げではないかもしれない。最近、宇宙のあちこちで聞こえてくる、少し嫌な噂を思い出していました。

てち王 「そうか、そうか。悲しかったのう、ちろ姫。よしよし。だが、それは店主が意地悪をしたわけではないのかもしれんぞ。もしかしたら、我々が使っているこの『ニンジン』そのものに、何か変化が起きているのかもしれぬ」

ちろ姫 「ニンジンに変化?どういうことでちゅか?このニンジンは、いつも通りオレンジ色で、美味しそうな匂いがするよ?」

ちろ姫は、涙で濡れた手で握りしめていた1本のニンジンを、くんくんと嗅ぎました。見た目も、匂いも、いつもと何も変わりません。不思議そうに首をかしげるちろ姫に、てち王はゆっくりと語りかけました。

宇宙ニュースで見た「ずる賢いお話」

てち王 「うむ。見た目は同じでも、その『価値』が変わってしまったのかもしれない、ということだ。ちろ姫、少し難しい話になるが、未来の王女として大切なことだから、よく聞くのだぞ」

そう言うと、てち王はおもむろに立ち上がり、窓の外に広がるふわふわの雲を眺めました。

てち王 「実は先日、朕は宇宙ニュースで、とある星の大変な事件を見たのだ。その星でも、我々と同じようにニンジンが通貨として使われておった。しかし、その星の王様は国のニンジンの数が足りなくなって、とても困ってしまったらしい」

ちろ姫 「ニンジンが足りない?大変!じゃあ、畑でもっとたくさん作ればいいじゃない!」

ちろ姫はぴょん、と跳ねて元気よく言いました。子供らしい単純な発想に、てち王はふっと笑みをこぼします。

てち王 「ふふ、確かにな。だが、ニンジンが育つには時間がかかる。その星の王様は、もっと手っ取り早い方法を思いついてしまったのだ。…それは、少しずる賢い方法でのう」

ちろ姫 「ずる賢い方法?」

興味を惹かれたちろ姫は、ぴくぴくと耳を動かしながら、てち王の次の言葉を待ちました。

ニンジンの価値が下がる?「ディベースメント」の魔法

てち王 「その星の王様はな、なんと、ニンジンの『中身』を、こっそり味の薄いカブにすり替えてしまったのだ」

ちろ姫 「ええっ!?カブに!?でも、見た目はニンジンのままなの?」

てち王 「うむ。外側はニンジンの皮で覆い、見た目は全く同じにした。そして、くり抜いた本物のニンジンの身で、また新しいニンジン(のようなカブ)を作った。そうやって、見かけ上のニンジンの本数を2倍、3倍に増やしたのだ」

この話を聞いて、ちろ姫は目を輝かせました。

ちろ姫 「わー!すごーい!それって魔法みたい!ニンジンがたくさん増えたら、みんなハッピーでちゅね!あたちも、りんご飴がいっぱい買える!」

てち王 「…最初は、みんなそう思った。国中にニンジンが溢れ、国民は豊かになったと喜んだ。だが、すぐに問題が起きたのだ」

てち王は、諭すように続けます。

てち王 「国民がそのニンジンをかじってみると、どうだ?『あれ?なんだかこのニンジン、いつもの甘みがなくて美味しくないぞ?』と気づき始める。そう、中身がカブだから、当然だな」

ちろ姫 「あ…。」

てち王 「すると、どうなると思う?りんご飴を売っているお店の店主はこう考える。『こんな美味しくないカブ混じりのニンジンを1本もらっても、割に合わない。よし、これからは、このニンジンを2本もらわないと、うちの美味しいりんご飴は売ってあげないことにしよう』とな」

ちろ姫 「……!! あっ!それじゃあ、あたちと一緒じゃない!」

ようやく事態を理解したちろ姫は、驚いて目を見開きました。自分が経験したことが、まさに今、てち王が話していることと同じだと気づいたのです。

てち王 「その通りだ。ニンジンがたくさん増えても、1本あたりの価値が下がってしまったのだ。だから、今まで1本で買えたものが、2本出さないと買えなくなってしまった。これを、物の値段が上がる、すなわち『インフレーション』と呼ぶのだ」

てち王 「そして、このニュースで見た王様のように、通貨の品質をこっそり落として、見かけ上の量を増やす行いを、難しい言葉で『ディベースメント(Debasement)』と言う。日本語では『通貨の品質改悪』と訳されるな」

てち王は、遠い昔の地球の歴史にも思いを馳せます。

てち王 「これはな、ちろ姫。大昔の地球、古代ローマ帝国でも実際に行われたことなのだ。当時の皇帝たちは、銀貨を作る際に、こっそり銅などの安い金属を混ぜて、銀の含有量を減らしてしまった。そうやってたくさんの銀貨を作って戦争の費用などに充てたのだが、結果はどうだ?人々は『この銀貨は銀が少ないぞ』と気づき、銀貨の価値は暴落。ひどいインフレーションが起きて、国は大混乱に陥り、ついには衰退の一因となったのだ」

ちろ姫 「こわい…。ずる賢いことをすると、結局みんなが困っちゃうんでちゅね…」

すっかりしょんぼりしてしまったちろ姫を見て、てち王は優しく頭を撫でました。

てち王 「だが、安心するがよい。我々のふわふわ星のニンジンは、ちゃんと中身まで美味しい、本物のニンジンだ。では、なぜりんご飴が値上がりしたのか。それは、現代における、もう一つの『ディベースメント』に似た現象が関係しているのかもしれん」

ちろ姫 「もう一つの?」

てち王 「うむ。現代では、国が直接お金の材質をごまかすようなことはしない。だが、国がお金をたくさん印刷しすぎると、世の中に出回るお金の量が増えるだろう?すると、お金がたくさんありすぎて、その価値が相対的に下がってしまう。これもまた、結果的にディベースメントと同じように、インフレーションを引き起こす原因になるのだ」

ちろ姫 「そっか…!畑でニンジンをたくさん作りすぎちゃうのと同じようなこと?」

てち王 「その通りだ、ちろ姫!よく理解できたな。えらいぞ」

てち王に褒められ、ちろ姫は少しだけ元気を取り戻しました。涙はすっかり乾き、その瞳には知性の光が宿り始めていました。

未来の王女が学ぶべき、本当の「価値」

ちろ姫 「にいちゃま、あたち、わかった!お金(ニンジン)は、ただたくさんあれば良いってもんじゃないんでちゅね。その一つ一つに、ちゃんと『価値』がなくちゃいけないんだ!」

てち王 「うむ。その通りだ。物の値段が上がったり下がったりする背景には、我々の知らないところで、お金の価値そのものが動いているという、大きな経済の仕組みがある。未来のふわふわ星を背負う王女として、目に見えるニンジンの数だけでなく、その裏にある本質的な価値を見抜く目を養うことが、何よりも大切なのであるぞ」

てち王の言葉は、厳しくも愛情に満ちていました。 ちろ姫は、兄の大きな背中を見上げ、きゅっと小さな拳を握りしめます。

ちろ姫 「うん!あたち、頑張る!これからは、おやつのことだけじゃなくて、ニンジンの価値のこともちゃんとお勉強する!そして、みんなが安心して暮らせる、素敵な国を作るプリンセスになるの!」

高らかに宣言するちろ姫の姿に、てち王は満足そうに頷きました。 りんご飴は買えなかったけれど、ちろ姫は今日、それ以上に甘くて、大切な知識を一つ、手に入れることができたようです。

ふわふわ星の未来は、きっと明るいことでしょう。


まとめ解説

今回の物語で、てち王がちろ姫に語った「ディベースメント取引」と「インフレーション」。最後に少しだけ、私たちの世界に置き換えて解説します。

  • ディベースメント(Debasement)とは?
    日本語で「通貨の品質改悪」と訳されます。歴史的には、金貨や銀貨に含まれる貴金属の量を減らし、銅などの安価な金属を混ぜることで、通貨を増産する行為を指しました。これにより、政府は一時的に富を得ることができますが、通貨への信用が失われ、激しいインフレーション(物価の上昇)を引き起こし、経済を混乱させる原因となりました。
  • 現代におけるディベースメント的な考え方
    現在、私たちの使うお金は紙やデータであり、古代のように材質を落とすことはできません。しかし、中央銀行が市場にお金を大量に供給する「金融緩和」などによって、世の中に出回るお金の量が増えすぎると、お金(通貨)1単位あたりの価値が相対的に下がることがあります。これも一種の「通貨価値の希薄化」であり、ディベースメントが引き起こしたインフレと似た構造を持っていると言えます。

モノの値段が上がる(インフレ)ということは、裏を返せば、自分たちが持っているお金の価値が下がっているということ。物語のちろ姫のように、「昨日まで100円で買えたものが、今日は120円出さないと買えなくなった」という事態は、私たちの身近でも起こっています。

経済の歴史を知ることは、現代のお金の動きを理解し、インフレから自分の資産を守るための知恵を身につける第一歩になるのです。